幻想の音楽逍遥ツウシン

散文的な考察と諸々の文化を交えて音楽をディスクガイド的に書いてます。

スペース・アンビエントと海底や宇宙に広がるドラえもん 第1回

前回ニュー・エイジの記事でアンビエントに触れられずにいたので今回はアンビエントの一種であるスペース・アンビエント(スペース・ミュージック)を「ドラえもん 」の世界観を何回かに分けて無理やり不随させて紹介します。

 

 

2つの「スペース」と様々な冒険空間

 

スペース・アンビエントを簡単に紹介する前にアンビエントの説明を本来ならするべきだとは思うのですがアンビエントを説明しようとするとエクスペリメンタルまで遡る事になります。広範囲になり過ぎるので今回はスペース・アンビエントに限定する事にします。

1970年代初めにアンビエントはジャーマンロックやプログレッシヴ・ロックと結びつきそれぞれベルリン・スクール、プログレッシヴ・エレクトロニックというジャンルに枝分かれしていきました。(各々のジャンルはまた今後紹介していきます)

同時にその余波を受けて確立していったのがスペース・アンビエントです。「スペース」と冠した趣旨をここでは二つに分けます。一つはアートワークに使われるサイエンス・フィクション(SF)をイメージに置き、サウンドにコズミックシンセサイザーの使用から見て取れるコズミック(宇宙)を表現する事であり、二つ目はシーケンサーによって段階的に音のスペース(空間)を広げていく事で浮遊するような感覚を表現する事です。

藤子・F・不二雄の作品「ドラえもん」にも同様な要素があります。「映画ドラえもん」シリーズの原作「大長編ドラえもん」ではキャラクター達が様々な空間を冒険します。「のび太の海底鬼岩城」では海底に、そしてのび太が天国の存在を証明しようとする「のび太と雲の王国」では天上国という空間で冒険を繰り広げます。

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藤子・F・不二雄大全集 大長編ドラえもん 5より引用

 

これまでの作品にも随所にユートピアへの希求を描いてきた藤子・F・不二雄ですが、「のび太と雲の王国」は、今まで以上にはっきりとしたメッセージやテーマを取り入れた作品です。その為、ファンの間では評価が分かれる作品になっているのですが、藤子・F・不二雄環境保護に対する意識は映画版だけでなくアニメやコミックにも時々出てくるキーワードのひとつです。その要素が見て取れるのが、ドラえもんや、のび太の父から再三手渡されるアルベルト・シュヴァイツァーの伝記です。

彼は1875年に牧師の長男として生まれました。30歳まで芸術や哲学に専念し、それ以降は人類に奉仕する道を歩み医学を学びます。第一次世界大戦の惨劇を通してシュヴァイツァーはヨーロッパの文化に疑問を抱きます。それ以降は文明論や文化論についての著作を多く書きます。その中でオゴーウェ川を登る際に「生命への畏敬」の理念を見い出します。そこから彼は人間中心主義では無く生命中心主義の先駆的な基礎を築いた人物です。そうした理念が藤子・F・不二雄の作品にも多く描かれているように考えられるのは自然破壊と迫害がセットで描かれている事が多く存在するからです。

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藤子・F・不二雄大全集 大長編ドラえもん 5より引用

 

コミック版に既に「ドンジャラ村のホイ」で大人族に住処を奪われた小人族の為の町を作り解決されていた事が「のび太と雲の王国」では再び住処を奪われ天上人に助けられたエピソードが挟み込まれます。他者の犠牲によって作られていく「王国」が同時にユートピアの実現をのび太達が作りあげる「王国」という空間に重なり合うように相反する感情が同居したかのような作品だと感じます。あえてホイを登場させたのも人類の歴史の中で何度となく繰り返される迫害を強調する為ではないかと考えられます。藤子・F・不二雄はコミック版の「のび太と雲の王国」のあとがきで以下の事を述べています。

もしも、天上人が実在したら?〈中略〉彼らは、ぼくたちをどう思っているでしょう。地上の歴史は、ある意味で戦争の歴史でもあります。〈中略〉その度たびに流されるおびただしい血を彼らはどう見たでしょう。

 

てんとう虫コミックス・アニメ版 映画ドラえもん のび太と雲の王国(下)」あとがきより引用

 

 

 

代表的なスペース・アンビエントのアーティストと現代のアーティストをそれぞれ紹介します。

 

Steve Roach - Structures From Silence

Projekt 2014年(1984)作品

1982年にカセットでリリースされたSteve Roachのファーストアルバム「Now」の段階ではスペース・アンビエントの要素はそこまで反映していないのに対してセカンドの「Structures From Silence」はアンビエント要素の純度を高めたアルバムに仕上がっています。

 

Klaus Schulze - Irrlicht

Ohr - 1972年作品

Klaus Schulzeは「X」のようなベルリン・スクールの代表として有名ですが初期のアルバムでは多分にスペース・アンビエントの要素を含んでいます。Klaus Schulzeの活動は多岐にわたるので併せて下記に載せておきます。

 

Ash Ra Tempel - S/T

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Ohr - 1971年作品

Manuel Göttschingと共に1970年にベルリンで結成され1971年にリリースされたこのアルバムはクラウト・ロックを代表する作品です。Klaus Schulzeはこのアルバムと1973年のアルバム「Join Inn」にドラムで参加しています。

 

The Cosmic Jokers - S/T

Kosmische Musik 1974年作品

こちらも同様にManuel Göttsching等と共に1973年に結成されたクラウト・ロックジャム・バンドを組合わせたような作品を1974年の一年間に5つものアルバムをリリースしました。Manuel GöttschingとKlaus Schulzeの名前が目立ちますがバンドのメンバーにHarald Grosskopfが居ます。他にもTangerine Dreamで1969年から70年までドラムで参加していたり1974年にはCode III名義で、ポエトリー・リーディングを取り入れたアルバムを制作したりジャズ・フュージョンアーティストのツトム・ヤマシタとのプロジェクトでリリースされた「GO」では、シンセサイザーを使用しています。

Stomu Yamashta's Go - Go ... Live From Paris

Island Records 1976年作品

 

Robert Schröder - Floating Music

Robert Schröder - Floating Music

IC(Innovative Communication)1980年作品

Klaus Schulzeが設立したレーベルInnovative Communicationから輩出されたRobert Schröderのアルバムにもスペース・アンビエントの要素が多分に含まれています。

 

Harald Grosskopf - Synthesist

Bureau B - 1980年作品

Klaus Schulzeの活動はクラウト・ロックに留まらずPete Namlookのようなトライバルなパーカッションを多用したアンビエント・テクノを有したアーティストともコラボレーションしています。

 

Pete Namlook & Klaus Schulz - The Evolution of The Dark Side of the Moog

Ambient World 2002年作品

 

Ambient Systems 3

Instinct Ambient 1997年作品

そのPete Namlookとコラボレーションアルバムをリリースしているテツ・イノウエもスペース・アンビエントを内包するアルバムを手掛けいる。Pete Namlookが設立したレーベルFAX+49-69/450464からリリースされたコンピレーションアルバム「The Ambient Cookbook 」はスペース・アンビエントからアンビエント・テクノを静的な視点からアプローチしたアルバムになっています。

 

Thom Brennan - Mist

Thom Brennan 2000年作品

Thom Brennanの作風はアンビエンスの中に広大で肥沃な自然のイメージをネイチャーレコーディングによって表現しているのが特徴的です。当時にしては新しい試みの一つです。