ジョジョとSticky Fingersの輪郭〈ジョジョの奇妙な冒険シリーズ〉第2回
前回に引き続きアニメの進行を妨げず「ジョジョの奇妙な冒険」第5部から「スタンド」に付けられた音楽を周辺の音楽も交えて紹介します。今回はブローノ・ブチャラティーのスタンド「スティッキィ・フィンガーズ」の元になったローリング・ストーンズの1971年のアルバム「Sticky Fingers」に関連したジャンルの音楽やアーティストに焦点を当てます。
- ブローノ・ブチャラティーについて
第5部で重要なキーパーソンとして登場するブローノ・ブチャラティーはジョジョの奇妙な冒険シリーズ内でも人気のあるキャラクターです。ジョルノはギャングになる為の試験に合格し正式にブチャラティーのチームに加入します。メンバーからは自身が犠牲になる事を厭わない程に慕われ市内の住民の意見にも耳を傾ける魅力的な人物です。
「ジョジョの奇妙な冒険」50巻より引用
その一方でブチャラティー は町に蔓延する麻薬の売買が若者の間で横行している原因が自分の組織である事に葛藤し自分の思い描く理想との差に苦悩します。彼が組織に反逆する決意を固めたのはジョルノとの出逢いにより彼の中で変化を生じさせたからではないかと思います。メンバーから慕われる理由の一つとして彼の「優しさ」があります。その優しさが良くも悪くも彼自身の運命に翻弄されます。
それは1860年代を舞台にしたドストエフスキーの作品「罪と罰」におけるラスコーリニコフの優しさに通ずるものがあります。彼は一つの悪行が多くの人々の為になるのならその行為は許されると考え強欲な高利貸しの老婆を殺害し非凡人の理論を実証しようと殺害します。当時の資本化に伴い都市化されていく中で広がった功利主義を象徴する人物として描かれますが、その人となりはマルメラードフというアルコール依存症の男に優しく耳を傾け彼が事故死した後もその家族を想い葬儀の費用を出す程にラスコーリニコフは優しい心の持ち主なのですが、それ故に罪の過ちに苛まれ彼もまた運命に翻弄されます。しかしマルメラードフの娘のソーニャに出逢う事で彼に変化をもたらす存在として登場します。
「ジョジョの奇妙な冒険」49巻より引用
「場所」を与えられ、生きる目的や勇気を与えられたメンバーも彼に恩義を懸命に返す人間模様が描かれます。こうした信頼関係がこの作品の重要な要素になっています。
第5部において「信頼」は主人公達に限らず敵にとっても重要視されます。それが最も顕著なのがブチャラティー の元幹部であるポルポにギャングへの入団の為に必要な事を尋ねられたシーンです。
「ジョジョの奇妙な冒険」49巻より引用
第5部においては信頼と信頼の戦いがテーマの主軸になっているように思います。
- Sticky Fingersについて
ローリングストーンズは1962年にロンドンで結成されたビートルズと並んで著名で今尚、精力的に活動を続けるイギリスのバンドです。
音楽性も多彩でカントリーやルーツロックやモッズ(Mod)、ガレージロックを自身のサウンドに変換して多くの割合を占めたベビーブーマーの世代を中心にユース・レボリューションの加速と共に人気を高めていきました。ローリングストーンズに関しての記述では無くこの記事ではアルバムに関わったアーティストや元になったジャンルを中心に進めます。
「Sticky Fingers」のアルバムのアートワークを手掛けたのはヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコのファーストアルバムのアートワークを手掛けた事で有名なポップアートを代表するアンディ・ウォーホルです。このアルバム以外にも「Love You Live」や、ジョン・レノンのコンピレーションアルバムのアートワークを担当した事は有名ですが初期のアートワークはあまり知られてないようなのでここで少し紹介します。
J. J. Johnson/Kai Winding/Bennie Green - Trombone by Three
Prestige Records 1957年作品
元々は56年にマッド・マガジンのアーティストであるドン・マーティンが手掛けていたアルバムをコンピレーションアルバムとしてリリースする際にアンディ・ウォーホルに依頼した作品です。初期の彼の作品はエゴン・シーレにも通ずる画風が窺えます。
Johnny Griffin - The Congregation
Blue Note Records 1958年作品
アートワークのイラストをアンディ・ウォーホル、デザインをリード・マイルスが担当、ピアノにソニー・クラークと濃厚で豪華なアルバムです。前作「A Blowin' Session」もサックスにジョン・コルトレーン、ドラムにアート・ブレイキー、トランペットにリー・モーガンという傑作なので併せて聴きたい作品です。
Artie Shaw - Both Feet in the Groove
Doxy Records 1957年作品
1956年に7インチで二つの作品を12曲にまとめた物のアートワークをウォーホルが担当。 この他にArtie Shawの「Any Old Time」(裏面)もウォーホルが担当しています。
1950年代後半にそれまでアフリカ系アメリカ人の音楽だったスキッフルがイギリスで復活した事でビートミュージックが生まれました。カウンターカルチャーの運動と連動しビートミュージックも様々に分岐していきました。その一つがマージービートです。その代表がビートルズであり、その後のブリティッシュ・インヴェイジョンの求心力になったバンドです。マージー川の側に隣接するリヴァプールを拠点に(ホリーズはマンチェスターで、デイヴ・クラーク・ファイヴはトッテナムなので全てのバンドがそうとは限らないようです)活動するバンドが多い事からそう呼ばれるようになりました。
The Beatles - A Hard Day's Night
Parlophone 1964年作品
Gerry and The Pacemakers - Ferry Cross the Mersey(フィルムスコア)
Columbia Graphophone 1965年作品
The Searchers - Meet the Searchers
Castle Classics 1963年作品
60年代にビートミュージックと並んで勢いがあったリズム&ブルースは、アメリカで急速に構築されてきたシカゴブルースのアーティスト(ハウリン・ウルフ、マディ・ウォーターズ、オーティス・ラッシュ、ジミー・リード)等の影響を受けてロンドンブルースクラブを中心に白人による独自の「ブリティッシュ・ブルース」に変容され確立していきました。
その他のシカゴブルース
Junior Wells<Junior Wells' Chicago Blues Band> - Hoodoo Man Blues
Delmark Records 1965年作品
Jimmy Dawkins<Jimmy "Fast Fingers" Dawkins> - Fast Fingers
Delmark Records 1969年作品
Otis Spann - The Biggest Thing Since Colossus
Music on Vinyl 1969年作品
こうしたブルース要素は「Sticky Fingers」のアルバム内でも顕著です。「You Gotta Move」ではフレッド・マクダウェルとレヴァランド・ゲイリー・デイヴィスがソングライターとして参加しています。
Fred McDowell - Kokomo Me Baby
Nub Country Records 2001年作品(「I Do Not Play No Rock 'n' Roll」に収録)
フレッド・マクダウェルはデルタ・ブルースを主体に活動していたミュージシャンです。レヴァランド・ゲイリー・デイヴィスはピンク・アンダーソンと共にゴスペルやピドモント・ブルースを主体に活動していたアーティストです。
どちらのジャンルもブルース音楽の中では最初期に位置付けられており、コールアンドレスポンスの技法にアコースティックギターとハーモニカを使用し12小節で構成されている事が特徴のデルタ・ブルースに対してピドモント・ブルースはより複雑で精巧な構成なのが特徴です。
Rev. Gary Davis - Harlem Street Singer
Fantasy Records 1961年作品
「ブリティッシュ・ブルース」と40年代に一般的な形式になったアフリカ系アメリカ人による「リズム&ブルース」を融合させたのがローリングストーンズのサウンドの要素の一つとなった「ブリティッシュ・リズム&ブルース」です。
The Rolling Stones - Out of Our Heads
London Records 1965年作品
その他のブリティッシュ・リズム&ブルース
Them - The "Angry" Young Them!
Decca Records 1965年作品
66年までヴァン・モリソンがヴォーカルを務めたバンドとして知られています。
The Pretty Things - Get the Picture?
Fontana 1965年作品
「S.F. Sorrow」のようなサイケデリックなロック・オペラとして有名な彼らも初期はブリティッシュ・リズム&ブルースの要素が濃いです。
「Sister Morphine」では元々1969年にミック・ジャガーのプロデュースでマリアンヌ・フェイスフルがヴォーカルを務めました。
Marianne Faithfull - Broken English
Island Records 1979年作品
ニュー・ウェーヴで知られるマリアンヌ・フェイスフルは元はコンテンポラリー・フォーク・ロック/ポップサウンドが特徴でした。「Sister Morphine」でギターを担当したライ・クーダーはヴィム・ヴェンダース監督作品「パリ、テキサス」の音楽を手掛けた事でも知られています。またルーツ・ロック/アメリカーナのアーティストでもあります。
Ry Cooder - Paradise and Lunch
Warner Bros. Records 1974年作品
「Can't You Hear Me Knocking」と「I Got the Blues」ではオルガンでビリー・プレストンが参加しています。
Billy Preston - Encouraging Words
Apple Records 1970年作品
このアルバムはビリー・プレストンとジョージ・ハリスンの共同プロデュースで知られています。また「 I've Got a Feeling」ではジョン・レノンとポール・マッカートニーによる作曲だったりアルバムを通してリンゴ・スターがドラムを、エリック・クラプトンがギターを担当していたりソウルに異色の組み合わせがとても面白いアルバムです。
「Sway」ではニッキー・ホプキンスがピアノで参加しています。
ニッキー・ホプキンスは他にもクイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスで1969年から1971年まで活動していたりジェフ・ベック・グループで1967年から1969年まで、それぞれキーボードとピアノを担当しています。
Quicksilver Messenger Service - Shady Grove
Capitol Records 1969年作品
Jeff Beck - Truth
Parlophone 1968年作品